イグアス居住区の歴史を学ぶ なぜ人は移住したのか? パラグアイ【世界一周369日目】

夫婦 世界一周 パラグアイ 民宿小林

【世界一周369日目】2024.4.15 パラグアイ 民宿小林

気温:19度〜23度

歩数:4,707歩

1グアラニー=0.021円

今日の予定

  • イグアスの歴史博物館に行ってお話を伺う
mosari
日本人居住区とは一体何なのか?その秘密を探るために我々はアマゾンの奥地へと旅立った・・・

 

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大人の夏休み3日目

今日も7時に起きる。

7時半の朝食時間に合わせて共有スペースへ。

 

お米を茶碗に盛ろうとしたその時、

 

パーン!! カランカラン!

ジャーーーーーーッ!

 

突然の破裂音。

足元に蛇口のようなものが飛んできた。

背後から聞こえる水の音。

慌てて後ろを振り向くと、

 

うわあああああああ

 

あるはずの蛇口が無くなっており、盛大に水が吹き出していた。

 

うおおおおおお!

 

慌てて蛇口を拾って穴に向かって突き刺す。

が、当然そんなんで水が止まるわけもなく。

 

アバババババ、A、Azuお母さんか家の人呼んできて!

わ、わかった!

 

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水の勢いが強すぎてあちこちに水が飛び散っているし、水量が多すぎてシンクの排水も間に合わずに溢れそうになってきた。

 

ヤバいヤバい!!

自分たちがシンクの水をかき出します!

 

昨日チェックインしてきたSyuichi君とNasu君がシンクの水をコップでかき出して別のシンクに捨ててくれた。

 

それでも床に飛び散る水も多く、家の人を呼んできたAzuはまな板を使って水を飛沫を抑えていた。

 

朝から4人で水との戦い。

 

まー!どーなっちゃってるのー?!

 

お母さんがやってきた。

 

シゲ!水を切って!

 

息子のシゲさんが水の元栓を絞めに行ってくれた。

 

は、早く止まってくれ〜

 

4人で必死に水と戦う。

そしてようやく水が止まった。

もうびっしゃびしゃ。

 

ほんと適当だよね、こういうのはさ!

 

お母さんはうんざりして吐き捨てていた。

 

朝からとんでもねぇアクシデントだった・・・

でもこれが外国のクオリティなのだろう。

パイプ同士をネジで締めてる訳でもなく、ノリで固定しているだけのようだった。

おそらくきちんとしたノウハウがある訳でもなく、できる人がDIY感覚で家を作ってるんじゃ無いだろうか。

やはり海外で暮らす、それも発展途上国ならより一層難しいことを感じ取ってしまった。

 

ずぶ濡れのまま朝食を食べた。

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日本米と卵、それに納豆だ。

美味しくて3杯もご飯を食べてしまった・・・

 

今日はお母さんも忙しくて味噌汁は無し。

実は昨日からVIPが泊まっているのだ。

ODAの視察に来たとある企業の社長が来ており、お母さんはそちらの対応もしなければいけないので大変なのである。(それで我々の朝食が減るのは悲しいが、お母さんが1人で料理してるからしょうがないね)

VIPは別のスペースを使っており我々と顔をあわせることは基本的に無いようになっている。残念。

 

食後はすぐに車に乗って街へ向かう。

 

イグアス移住資料館へ

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やってきたのはイグアス居住区にある資料館(史料館)である。

 

こちらはイグアス居住区にある日本人宿として民宿小林さんと双璧を成すペンション園田さんのオーナーが館長を務めていらっしゃる。

民宿小林のお母さんにお願いして予約&送迎をお願いしていたのだ。

 

8時半には来るはずだから中でまっときぃ〜

 

そう言ってお母さん達は帰って行った(帰りはバスで)。

 

程なくして1台の車がやって来た。

運転席から降りて来たお爺さん。

 

見た目と反して、

 

よろしく!園田です!

 

そう言ってガッシリと握手。

素敵なお爺さんだった。

 

そう、今日は園田さんにイグアス居住区についてお話を伺いに来たのだ。

そんな訳で色々とお話を伺ったので簡単にご紹介。

 

イグアス居住区とは

まず我々が訪問しているイグアス居住区について。

移住の歴史を紐解くと1866年に江戸幕府が鎖国を解き、1885年に就労目的の移民がハワイへ初移住。

その後移住先は増えていき、1908年には南米への移住が増加していった。

そして1936年パラグアイのラ・コルメナへの移住開始。

その後パラグアイの各地に移住先が増えていき、イグアスもそのうちの一つとして誕生した。

 

移住地は2種類あり、

  • パラグアイ政府が移住先として土地を提供したもの
  • 日本政府が土地を買ってバックアップの元開拓していったもの

 

ここイグアス居住区については後者であり、当初は他の移住先にいた移住者が中心となって開拓を進めた少し特殊な場所だと言っていた。

また、政府のバックアップありと言っても簡易的な宿舎と道を整備したくらいで後は移住者がジャングルの森を自力で切り開いていったんだそうだ。

 

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こちらの写真が入植当時に建てられた仮の宿舎。

 

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こちらが入植当時のジャングルの様子。

これらの木々を斧や蛮刀、のこぎりなどで切り開いていったそうだ。

途方も無い、本当に終わりの見えない戦いだったことが容易に想像が付く。

 

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こちらが使われていたのこぎり。

現代では見たことが無いようなサイズだった。

 

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もちろん木を切って終わりではない。

切った木の処理、雑草や虫、野獣と戦いながら道を整備し、家を建て、畑を作る。

本当に途方も無い作業だ。

 

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こちらが現JICA(独立行政法人独立機構)の事務所。

日本人の受け入れバックアップを行っており、オーナーの園田さんも移住者の1人だったが、後にJICAの現地スタッフとして働くことになり、約40年間勤め上げている。

他にも政府は橋を整備したり医者を派遣したり、時には独身男性のために日本から結婚目的の女性を仲介するなんてこともしていたそうだ。

 

今では道も整備され農協のスーパーやガソリンスタンドなどのインフラも整っている。

ここまで来るのにどれだけの時間と労力がかかったのかと思うと胸が熱くなる。

人ってすげぇなぁ・・・

 

現在では900人ほどの日本人がこのイグアス居住区に住んでいるそうだ。

南米の移民といえばブラジルの日系人が有名だが、ブラジル移民はブラジル社会の中に溶け込むように暮らしていたそうで、言語はポルトガル語を話し、今では日本語が喋れない方も多いとか。

だが、このイグアス居住区は日本人としての「社会」にこだわり日本語を話すことや文化を大切にしているんだそう。

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街の公園には鳥居が建ち、夏にはお祭りも行われていて屋台が並ぶそうだ。

 

どうしてパラグアイ?

パラグアイは1864-1870年のパラグアイ戦争でアルゼンチン・ブラジル・ウルグアイの三国同盟軍と戦争をし、敗戦。

今では信じられないが当時パラグアイは近隣諸国と比べて発展(鉄道が整備されていた)していたそうで、それを妬んだ周辺国から潰されてしまったとかなんとか(;´∀`)

その結果国土の40%と人口の1/3を失った。

人口も60万人→20万人と大きく減少。

そこで開拓目的で日本を含む外国諸国と協定を結び移民の受け入れを開始。

開拓後は農業を中心に様々な作物を育てている。

パラグアイの赤土は栄養満点で当時は肥料要らずで多くの作物が育ったんだそう。

 

なお、有名なブラジルは奴隷制度が廃止されたことによる労働力不足が原因で移民の受け入れを開始したんだそう。

主な働き口はコーヒー農園やゴムの樹液採集だったとか。

 

どうして移住したの?

ご存知の通り日本は戦争の敗戦国。

1000万人以上の失業者を抱え、口減しや姥捨山の時代であり、金銭的に困窮した人々が海外に仕事とお金を求めて移住していたそうだ。

オーナーの園田さんも11歳の時に鹿児島から神戸へ、そして移民船に乗って約2ヶ月かけてこの地に辿り着いたそうだ。

 

本来ならばもっと多くの移民が来るはずだったのだが1970年代になると日本の経済が好転。

全てが値上がりして海外移住する必要性が減り、移民が激減。

移住の受け入れが他と比べて遅かったパラグアイにはそこまで多くの移民は来ず、小規模のコミュニティーとなっている。今では900人ほど。

だが、その遅さゆえ園田さんを含む移民1世がまだ生きていらっしゃる。

つまり貴重な移民のお話を1世の方から日本語で説明を受けることができる、世界で見てもめちゃくちゃ貴重な居住区でもある。

ただし園田さんももう70代。

まだまだ元気でいて欲しいが何があってもおかしく無い年齢だ。

もし南米に訪れる際はぜひこのパラグアイのイグアス居住区に訪れることをおすすめする。

 

また、近年では少し事情が変わって来ている。

背景にあるのは日本経済の低迷や、生き方の多様化。

 

近年150家族も永住権を希望してこのイグアス居住区に来ているというのだ。

移民協定が結ばれている&まだまだ枠が余っているそうで希望すれば簡単に永住権が手に入るのだ。

(2年間の滞在や、戸籍謄本、無犯罪証明証など簡単な書類でOKらしい)

 

我々が先日訪れたらーめん國勝さんのご家族もそのうちの1人だ。

海外でありながら日本の文化を大切にするコミュニティの中で田舎暮らしをする。

そういう生き方に憧れる人が増えているのだろう。

 

もちろん今朝の水道管事件のように日本と同い水準を何もかも得られる訳では無い。

でも一度しかない人生を異国の地で生活してみたい。

そんな夢を持った人たちに注目されている国の一つがここパラグアイでありイグアス居住区なのである。

なお、移住して永住権を手に入れたとしても国籍は日本のまま。

パスポートも日本のもの。

 

おまけ

史料館には多くの写真が掲載されていたり、

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当時のブツが寄贈されていたり。

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脱穀機や井戸のポンプ、背中に背負う薬剤散布機などの農業用道具など。

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この辺もそうですね。

昔のものを見るとロマンを感じる。

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いつまでも物を大切にする先人の心。

ほんとその通り。

大量消費社会に慣れた日本人が失いつつある価値観だ。

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使うものはなんでも使う。

ドラム缶も立派なお風呂だ。

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昔の南米移住経路。

西回りと東回りが存在していた。

南米まで1.5ヶ月への航海の最中も先生役の人から勉強を教わっていたと当時11歳の園田さんは言っていた。

 

園田さんには、

 

移住してよかったですか?

 

そう聞きたかったが最後まで聞けなかった。

当時は仕事も無く移住という手段をとった家族。

先祖の土地を売ってなけなしの金を手に入れて、日本を離れ移住の決意をした。

政府のバックアップを受けて多くの移民が増えていく・・はずだった。

 

戦後の様子から誰が日本が先進国の仲間入りすると想像できただろうか?

経済は好転し、土地は値上がりし、全てが潤っていた時代が日本にはあった。

 

小林のお母さんはパラグアイの生活が苦しくて日本に出稼ぎに出たと言っていた。

 

今、どんな思いで居住区に住んでいるのか、それを長く住んでいる1世の人に聞くのは躊躇われた。

無限のフロンティアを求めてパラグアイに向う船に乗った時はどんな気持ちだったんだろうか。

そして現実はどうだったのか。

 

ただ、どうであれ何も無い森からこの居住区を作り上げ、日本の社会を今もなお残しているのは本当にすごいことだ。

 

園田さん、貴重なお話ありがとうございました!!

 

帰りはスーパーに寄ってからバスで帰る。

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レジ袋に「毎度ありがとうございます。」はエモすぎる・・・

 

オレアリ行きのバスを待つが正直何分間隔なのかわからない。

最悪1時間に1本の可能性もある。

ぼへーっと田舎のバス停で四人で待つ。

15分ほど待っているとアスンシオン行きの大型バスがやって来た。

値段を確認すると10,000グアラニー(200円)。

オレアリ行きのチキンバスだと5,000グアラニー(100円)。

 

倍の値段だがまぁ100円なのでいつ来るかわからないので乗ってしまった。

 

2階建てのバスは冷房ガンガン。

外は暑かったけどすぐに寒さを感じるくらい。

 

民宿小林のあるバス停は「キロメトロ 51 ア 52(Kilometro 51 a 52)」なのだが、どうやら地元では53km地点で通っているらしい。

なのでバスの料金係の兄ちゃんには、

 

kilometros 53 por favor.(キロメトロス シンクエンタトレス ポルファボール)」

 

こんな感じで十分に伝わると思われる。

 

Googleマップを見ていると目的のポイントが近づいてくる。

料金回収係の兄ちゃんももうすぐだよ。そんな感じの声をかけに来てくれた。

 

よし、これなら大丈夫と思ってドア付近に移動する。

 

・・・あれ?止まらなくない?

過ぎてますね。

 

一緒に来てるShuichi君が

 

アキ!アキ!(ここ!ここ!)

 

必死に止めてくれたが時既に遅し。

1kimくらい過ぎたところで停車した。

高速道路なのですぐには止まれないのだった・・・

 

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そんな訳で1kmくらい路肩を歩いていく。

しかも登り坂だし(;´∀`)

 

パパーッ!

 

高速道路を人が歩いてるからかトラックがクラクションを鳴らして来た。

文句ならバスに言ってくれ!

 

そんな訳で無駄に歩いて民宿小林に帰って来た。

 

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まったりな午後と新たなメンバー

部屋のキッチンを使って昼食。

夫婦 世界一周 パラグアイ 民宿小林

朝もガッツリ食べてるし、夜もガッツリだろう。

そう思って昼は軽めにヌードル。

海外だとたまに野菜味が売っているのだがだいたい当たりであることが多い。

こいつも美味しかった。

 

んで午後は犬と遊んだりブログを書いたりして過ごす。

 

ふと窓を見ると新しく来た人の姿が。

 

ちょっと挨拶がてらコーヒーを入れに共有スペースへ。

 

中に入るとShuichi君にNasu君、そして若い男性の姿。

 

あ、どうもこんちは。

Kantaです。よろしくお願いします。

よろしくKantaさん。どんな感じで回ってるんですか?

いい感じっす!

 

あっ、こいつ(いい意味で)やべー奴だ。

そう思った。

話を聞けばマテ茶をこよなく愛し、マテ茶のためにアルゼンチンとウルグアイ、パラグアイ、ブラジルを見て回っているそうだ。

マテ茶のために南米まで来た男。アツすぎる男だ。

 

そしてその後にも若い男女の二人組がチェックインして来た。

じつは女性の方は知り合いだったりする。

 

わ〜お久しぶりです!

 

そう、エル・チャルテンで出会ったさなえちゃんだ。

夫婦 世界一周 エル・チャルテン アルゼンチン

エル・チャルテンで女の子とカフェへ アルゼンチン【世界一周346日目】

2024年3月26日

 

パタゴニアからお互い北上してパラグアイのど田舎で再会。

今は一緒にJyunくんと回っているようだった。

 

さらに夕方もう1人女性がチェックインして来た。

4人から一気に8人になった。

 

それからは共有スペースでずっとお話。

皆様々なルートで南米を巡っているので情報交換したり。

 

16時半になるとAzuが立ち上がる。

 

よし、夕飯作ってくんわ!

 

民宿小林さんは夕食付き。

毎日お母さんが作ってくれるのだが、今日はお母さんに手伝って欲しいと言われているそうだ。

何もする必要はないんだけれど、我々は歳をとっているせいか洗い物などお手伝いをしている。

さらにAzuはお母さんの料理が好き過ぎて色々と話している。

その中で今日は8人もいるから手伝って欲しいと頼まれたそうだ。

 

そんな訳でAzuは出勤していった。

mosariは食後の洗い物をやればいいと思って部屋に残ってブログを書いた。

 

そして夕食。

新たにきたメンバーたちはSukiyakiだ。

夫婦 世界一周 パラグアイ 民宿小林

一昨日我々が食べた時の写真。

こんな感じで本格すき焼き。(今回はAzuが肉と野菜を全てカットしたそう、えらい!)

 

うおおおおおおお

 

皆大興奮ですき焼きを食べる。

・・・我々をのぞいて。

 

我々は一昨日食べているし、8人分となると鍋の都合でちょっと大変みたい。

そんな訳で我々は別メニュー。

夫婦 世界一周 パラグアイ 民宿小林
  • 焼き鮭
  • サラダ
  • 豆腐
  • ご飯
  • キムチ
  • もやし

朝食のようなメニューだった 笑

すき焼きを楽しんでる皆と話をしながら鮭を頬張る。

美味しい・・・

 

けど、すき焼きやっぱ美味そうだなぁ。

 

旅の話は尽きず賑やかな夕食。

旅の最中に日本人と出会って食事にいったりはするけど、こんなに大勢で食べることは無いから実に新鮮だ。

パラグアイの田舎でたまたま出会わせた8人がすき焼き(鮭)を食べながら談笑。

 

皆仕事を辞めたり休学したりしてまで世界を見る旅に出た仲間だ。

居心地が良い。

ここには、

 

遊びのために仕事を辞めるなんてありえねぇだろ!

 

そんな風に言う人はどこにもいないのだ。

 

おまけ

ブログを書いている時の一コマ。

 

あ、Azu。今日のノコ(のこぎり)の写真を送って。

わかった。

 

そして送られて来たのは、

・・・

・・

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民宿小林さんで飼っている「らっきょ」だった。

 

かわいいでしょ。

いや、ネコじゃなくてノコ・・・

 

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明日は・・また何もしないよね。

それでは!



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ABOUTこの記事をかいた人

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名前:mosari
年齢:30代アラフォー
性別:男性

2023年4月2日から夫婦の夢だった世界一周の旅に出ました。

小学校の同級生夫婦のポンコツ世界一周旅で世界の絶景、地球の美しさ、多種多様な文化を見てきます。 現在は3ヶ月のフィリピンでの語学留学を終えて、世界を巡ってます。

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